ネット周辺情報

【モバイル広告の歴史を振り返る】ガラケー時代のネット広告(後編)

この記事は筆者の経験をもとに書いています。

主観・偏見が入り混じっていることを予めご理解ください。

さて、昨日に引き続き昔話を書かせていただきます。

どうか最後までお付き合いください。

 

前編はこちらからどうぞ。

【モバイル広告の歴史を振り返る】ガラケー時代のネット広告(前編) この記事は筆者の経験をもとに書いています。 主観・偏見が入り混じっていることを予めご理解ください。 私がとあるイ...

モバイル広告の歴史を変えたスマートフォンの誕生とアドネットワークの勃興

2010年に入るとiPhoneをはじめとしてすこしずつスマートフォンが普及してきました。

ただiPhone以外の初期のスマホは反応が鈍くて正直使い物にならない感じがしました。

GalaxyがiPhone以外で唯一使えるスマホという感じでしたね。

日本製はどれも完全に出遅れていました。

ガラケーの時代が終わりを告げる予感がある中で、各社がこぞって始めたのがアドネットワークです。

アドネットワークはその名の通り広告媒体を束ねたネットワークのこと。

そういう意味で言うとリスティングもアフィリエイトもアドネットワークになります。

ただこの頃に出たアドネットワークにはそれまでのものとは決定的な違いがありました。

配信ロジックシステムの搭載です。

「どの媒体」に「どういった広告」を掲載するともっとも広告主・メディア運営者の両者にとって最適の広告費となるのか。

それをシステムで自動化しようという試みでした。

当時のスマホサイトはまだPCサイトの延長線上の存在と捉えられていました。

そのためまずPCの分野で実績を残していたASPや広告代理店がシステムの開発に乗り出します。

その後を追うようにモバイル広告のASPや代理店もアドネットワークのリリースを開始しました。

一時期は日本国内でいくつアドネットワークがあったかわからないです。

それくらい雨後の筍のようにアドネットワークが生まれました。

資金力や規模の大きい企業は海外のアドネットワークも参考にしつつRTBというシステムを開発してDSPやSSPなどの広告主・媒体それぞれに特化したネットワークを開発していきます。

またスマートフォンが流通するにともない「これは明らかにPCとは使い方が違う」と認識されてからスマートフォン独自のコンテンツが多く誕生しました。

電子書籍やゲームがその代表格です。

こうした流れの中でアドネットワークもスマートフォンのコンテンツにフォーカスしていき、スマートフォン独自のアドネットワークが誕生していきます。

 

中小規模のアドネットワークは次々と統合・淘汰されていきました。

アドネットワークが勃興してから淘汰が始まるまで5年程度だったと思います。

日本のスマホゲームの基盤を作ったソーシャルアプリ

今のスマートフォンを語る上で欠かせないのがスマホゲームの存在です。

スマホゲームがあるからこそ皆にこんなにスマートフォンが使われたと言っても過言では無いでしょう。

私たちが子どものときに遊んだゲームよりずっとクオリティが高いものを今は無料でプレイできてしまいます。

この「高クオリティのスマホゲームを無料で遊べる」という文化の発端はソーシャルアプリの誕生まで遡ります。

2009年頃からmobage、mixi、GREEの3社がソーシャルアプリのリリースを始めました。

それまで各社が育てた日本を席巻するSNSプラットフォームをもとに、ユーザー同士がコミュニケーションをとれるゲームを開発しようというのです。

ハードは当初PCとガラケーを想定して作られました。

mobageからは「怪盗ロワイヤル」、mixiからは「サンシャイン牧場」といったヒットタイトルが生まれます。

アバターやメッセージのやり取りだけにとどまらない新しいSNSプラットフォームの時代の幕開けです。

更にこの3社は自分たちのプラットフォームを他のゲーム開発を希望する会社にも開放しました。

ソーシャルアプリを作ることができる会社であればどこでもこの3社のSNSプラットフォームにゲームを公開できます。

換金系サイトを主に運営していた会社はそれまでのリソースをゲーム開発に傾けました。

それまでコンシューマーゲームを作っていた大手のゲーム会社もソーシャルアプリの開発に乗り出します。

全くノウハウの無い会社も(言葉は悪いですが)一攫千金を狙ってゲーム開発に乗り出しました。

ソーシャルアプリを開発する会社のことは当時SAP(ソーシャルアプリ・プロバイダー)と呼ばれました。

広告も新しい商品が生み出されます。

アドネットワークやアフィリエイトネットワークを自社で持っている会社やASPはSAP向けにクリック広告の販売を開始しました。

えげつなかったのはエンジニアの争奪戦です。

あれは凄かった。

ソーシャルアプリの開発経験が多少あるというだけで年収1,000万円以上で引き抜かれることもあったと聞いています。

また、ソーシャルアプリ開発の過程で「ガチャ」というものが誕生しました。

ガチャがユーザーの課金を強く促すと分かると、各社がゲーム内にガチャを搭載していきます。

ガチャが原因で何十万円もの負債を負ったというニュースが出始めたのもこの時期でした。

このガチャの文化は皆さんご存知の通り今もスマホゲームの収益の中核として存在しています。

モバイル広告の歴史を踏まえて見るインターネット広告業界の未来

電通によると2019年にモバイル広告費が初の1兆円を超えたそうです。

今の世の中はまさに1億総スマホ時代。

これだけ見るとモバイル広告は世の中の最先端を行く広告で、順調に市場規模を拡大してきたように見えます。

でも実際は上手く波に乗れた企業もあればガラケーに固執して淘汰された企業もあって、10年かけて業界は整備されてきました。

被リンクを大量に売るSEO対策はもうありませんし、クリック数で順位が変動するランキングのアルゴリズムもありません。

 

過去を思い返して今考えるのは、結局のところ使うユーザーの目線に立って本当に必要なコンテンツを提供し続けた会社が生き残ったのではないだろうかということです。

 

私が働いていた当時、モバイル広告業界は未成熟期であったがゆえに今考えると結構ダーティーな部分も多かった世界でした。

不正登録の他にも同時登録(1つのサイトに登録すると別の複数のサイトにも登録されてしまうというやつです)なんてものもありました。

各社が上場を目指して売上を積むことだけを考えて、それが正しいかどうかなんて考える余裕も無く売れそうなものは売るという一面もありました。

 

未完のものや無節操に利益を追うものが横行して、それを排除・整備しようとする波が起きて、波に抗うものは淘汰される。

インターネット広告業界に身を置いていた9年間はその繰り返しだった気がします。

 

これからのインターネット業界はそんな訳にはいかないでしょう。

 

これからの時代は良いものを、使いやすいものを作らないといけない。

ユーザーのためになる広告を追求していかないといけない。

今のGoogleのアルゴリズムを見ると業界全体がそうなって行っている気がします。

 

これからのインターネット業界はより複雑に、よりクリーンになっていくでしょう。

まさに近江商人の経営哲学「三方良し」の精神が大切になると思います。

 

その移り変わりの激しい世界をできる限り俯瞰の目で観察し、皆さまにお伝えしていきたいと思います。

 

前後編に渡ってモバイル広告業界の昔話を書いてきました。

正直他にも色々と書くことがあるのですが、今回は一旦この辺りで筆を置かせてください。

他のことについても書くかもしれませんがそれはまた別の機会で。

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。